終戦記念日に過去を振り返った。
幼少期、青年期に至り、外国人との接触が多かった気がする。

5歳の時、山手通りで三輪車にて横断で待っていたら、赤ら顔のサージャントが金貨を私に放り投げてきたが,婆さんから曲技団に売り飛ばされると聞いていたので、硬くなっていたが、金髪の女性が降りてきてポケットにいれてくれたとき、スカーフから花の甘い香りがした、家で母さんの袂は、炬燵にくべる炭の匂いだった、5歳で戦争には負けると思った。
また爺さんが東京都の嘱託で戸田橋の河川敷で麦、ジャガイモを作り、脱穀機を使い袋詰めは良いが、帰り大八車で帰宅の際、米兵のトラックから米兵が指差し、人が車を押していると言っているのが解り、本当に嫌だった。

甘い物が今のようになき時代、教会で牧師夫妻、宣教師夫妻が作る甘いクッキーをもらいに行った。この年になり、何故福音ルーテルフィンランド教会とフィンランド人の方が終戦後豊島区で布教していたか疑問を持ち、先日教会へ行き冊子を頂き理解できた。

現在イスラエルとハマスのニュースを見て、キリスト教は原点がユダヤ人マリアの子イエスがヘブライ語、ラテン語、ローマ、ドイツで新約聖書にて広がったのか遷移をオックスフォード大のケネスクラーク博士が存命なら聞きたかった。10歳のころ、牧師館でみたス―ラの点描絵を見て、日本画とは違うなと感じ大学時代、ケネス博士の芸術と文明で流れが理解できた。

最後にイスラムのメシアがガザにあられたらパンセの万物は流転するとなるのか、混沌の世の中、今の国政もやっと戦後政治が終わろうとしている。若い人のラヂィカルに応援したい。